富士宮市人穴(ひとあな)神社参拝
ご無沙汰しておりました。
ほぼ1ヵ月ぶりの更新となります。
季節は晩秋から初冬へと足早に過ぎ去って行きます。
先日放映された『ぷっ』すまの翌日、私たちは富士宮市北部にある人穴(ひとあな)神社に参拝に行って来ました。

人穴(ひとあな)は、富士の噴火によってできた溶岩洞穴の1つ で、主洞の長さは約90m。
ほぼ垂直に降りる階段の先に広がるポッカリと開いた穴がその洞穴。
人穴(ひとあな)です。

人穴(ひとあな)の周辺には、人穴(ひとあな)浅間神社と石碑が建てられ、人穴(ひとあな)遺跡として祀られています。

洞穴へと続く急な階段を降り、中を見渡しても何も見えません。
そこには定期的に聞こえる水の滴る音と真っ暗な闇だけが広がっていました。
自然のままに残されているこの人穴(ひとあな)遺跡は、落石や倒壊の恐れがあるということで、さわらない、近寄らない、入らないの「3ない」行動への協力を呼びかけています。
怪我や事故を未然に防ぐためには、厳守しなければなりません。
なので、私たちは洞穴の中には入らずに戻ることにしました。

人穴(ひとあな)の最奥には、さらに細い穴が延びていると言われ、神奈川県藤沢市にある江ノ島に通じでいるとの伝説があります。
伝説が本当なら、実家に帰る近道になるかも知れません(笑)

ここ人穴(ひとあな)は、建仁3年(1203年)6月に鎌倉幕府二代将軍の源頼家による「富士の巻狩り」の際、家来であった新田四郎に穴の探検を命じたとの言い伝えが残されています。
また、天正10年(1582年)には、富士講の開祖長谷川角行がこの人穴(ひとあな)で修行を重ね、富士講を始めた場所として、その後は信者達の聖地として崇められたと伝えられています。
こうした歴史的な背景のもと、この洞穴人穴(ひとあな)とその周辺には200基を超える様々な碑塔が建てられていました。

明治以降には、浅間神社として壮大な社殿を築いたが、昭和17年(1942年)に近く上井出に陸軍少年戦車兵学校が開校されると人穴(ひとあな)地区が演習地となったため、陸軍の命により人穴集落と共に強制移転されたと記されていました。
その後、昭和29年(1954年)に再び氏神として仮社殿を建立し、現在に至るとのことでした。

かつて隆盛を極めた頃が幻だったかのよう。
静寂の中にその祠は鎮座していました。

これは余談になりますが、ここ人穴(ひとあな)は数々の心霊現象が起きる場所としても語られているようなのです。
神社にある鳥居をくぐって入ってはいけない、戻るときにはその逆でくぐらないといけない。
そうしないと悪運を持ち込み、良くないことが起きるとか・・・。
そんな話を聞いたからか、人穴(ひとあな)から戻った直後に愛用のデジタルカメラのシャッターの調子が悪くなり、2週間の入院生活を余儀なくされました。
戻るときに鳥居をくぐらなかったせいでしょうか。
単なる偶然の重なりに尾鰭がついて語られるようになる・・・今回自らそのような体験をすることになってしまいました。
この偶然は、年の瀬にちょっぴり痛い出費となりました。