原の松蔭寺へ

7月 14th, 2009

『駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠』と歌われた江戸中期の名僧 白隠禅師ゆかりの寺『松蔭寺』に参詣して来ました。

電車で用事のあった夫を富士駅まで送り、近くの駐車場に車を停めると、ふと数年前に聞いていた禅寺のことが頭に浮かびました。

この禅寺は、沼津は東海道線の線路沿いだったかと・・・。
それ以外は、寺院の正式な名前も、下車駅も分からなかったのですが、ただ『白隠さん』という名前だけが鮮明に記憶に残っていたので、きっと大丈夫!
私は富士駅から最短距離の切符を買って改札をくぐりました。

電車に揺られて次の駅につくと、なんと駅には便利なことに名所旧跡を案内する看板が建てられていました。
この看板を頼りに行けば大丈夫!と安堵し、また電車に揺られることにしました。

駅に近づくたびにキョロキョロしていた私は、周りの人から見るとかなり挙動不審だったと思います(苦笑)

原駅で停車すると看板に「禅寺」と『松蔭寺』と書かれ、『白隠』の文字が確認できました。
急いで電車を降ります。

精算を済ませ、改札を出ると町の案内図があり、目的の『松蔭寺』を探します。
すると駅から東に1kmのところにあることが分かりました。

想像していたよりも近い距離にニンマリ。
でも、この日は、晴れて暑く、駅から片道1kmの距離で汗だくになってしまいました。

『松蔭寺』の前を通る街道沿いには、白隠さんが生まれたという生誕地の石碑とその奥には産湯に使われたという井戸が今も残されていました。

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生誕の地と白隠さんが出家した『松蔭寺』とは目と鼻の先の距離でした。
そんな距離も白隠さんの生涯を変えることになった理由の1つだったのでしょうね。

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寺の門前には、新しく立派な石塔とそれに似つかわしくない拡声器が建っていました。
ちょっぴり残念な気がしました。

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境内では庫裏の建て替え工事中のようで、山門はご覧の通り工事を示す看板が立てられていました。
白隠禅師創建と伝えられている石瓦葺の山門も悲しそうに見えました。
でも、境内に立派な庫裏が建つのですから、喜んでいらっしゃるのかな?

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本堂は解放してあったのですが、ご遺体が安置されていたようでしたので、お参りだけを済ませぐるりと境内を回り、裏手に行くことにしました。

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白隠さんの時代よりもずっと新しい建造物となるのでしょうか?どっしりとしていて、落ち着いた趣のある本堂でした。

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立派な鐘楼もありました。
この鐘を鳴らすのは、いつなのでしょう。

寺院の裏手が墓地になります。
500年に1人と言われるほどの高僧となり、臨済宗中興の祖と仰がれた白隠禅師のお墓からは、富士山が見えました。
(木と木の間にうっすらと見えるのですが、見えますか?)

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私はお墓のお参りを済ませ、松の木陰でしばし涼を取りました。
そして、また元来た原の駅に向かいます。 

駅の方向に歩いて行くと『白隠正宗』の看板が目に留まりました。
文化元年創業の蔵元、高嶋酒造さんが造られている日本酒のことだと分かり、早速お店に。

お店の方とお話をしながら、オススメの1本を購入しました。
悩んでいた父の日プレゼントは、ここから日本酒を送り無事解決したのでした。

『白隠正宗』は、キリリとした辛口。
美味しくいただきました。
(父の日に帰省した私。ちゃっかり日本酒の味の調査して参りました。 プレゼントになっていない!?お相手をしたので良いのです。)

松蔭寺の前庭には、有名な話が残されている摺鉢松があったのですが、写真を撮り忘れてしまいました。
やっぱりちゃんと下調べをしてから旅をしないとダメですね。

私はこの小旅行から帰ってきて、復習をして色々なことを知ったのですが、こういう場合は予習の方が良いみたいです。

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